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大吟醸

Author:大吟醸
PBMのブランクは5年くらい…遠ざかりすぎです。
空気の読めない子ですがどうぞよろしくお願い致します。

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山虎プラリア:【干天の慈雨】

更新が久々となってしまいましたが、年末から死ぬほど仕事に追われている大吟醸です。
やっとこの間終わったはずだったのに、もう次の仕事を抱えて頭が痛いです。

さてさて、プラリアをどうしてもアクションと一緒に提出したくて、寝る間も惜しんでなんとか無理やり書くだけ書きました。いろいろと直したいところもあるし、もっと深く書きたいんですけど、次いつまで更新できないかわからないので、さくっと上げてしまおうと。

そんなわけで、1ターンと2ターンの間の話を含めた、アーリとセラフィム・アーチャーことセバスツィアーノさんのお話です。平伊さん、本当にご許可頂きましてありがとうございました。
…ほんとにもう、気恥ずかしいのと表現力のなさに泣いてます。すみません。
プライベートリアクション:干天の慈雨 
                      
                大吟醸(アーリ・サマーレインPL)

=========================

―――青年と娘は再びめぐり逢う。
 
 HERO TVの新シリーズが開幕し、その記念式典……レセプション会場には沢山の関係者が集まっていた。
 ヒーロー関係者…TVクルー…各所の要人。これだけの群集の中で。ただ一人のその人と。
 天の配剤か、因果の小車か、はたまた。
 
 あれは…今から六年ほど前のこと。

* * * * *

 普段より遅い起床の青年。その起き掛けの寝ぼけ眼で前日に作っておいたおにぎりを頬張ると、新聞を開く。
 なにげなくつけているだけのTVから聞こえてくる、流れるようなキャスターの声。
「今日は全国的に晴れ。…ところにより急な雷雨やにわか雨が…」
 外は……明るい。ならば日課をこなしてしまおうと、ジャージに袖を通す。

 まだ夏というには早い季節。休日の昼下がり。セバスツィアーノ・ファルコーネはシルバーステージの居住区を走っていた。
 家を出た時にはまだうっすらと射してした光はどこへやら、一時間ほど走ったところで空にはどんよりとした曇り空が広がっている。
「……ところによっちゃったか……」
 空を仰ぎ、ため息を一つ。それと同時に足元の感覚が急におかしくなった。
 ツイていないときはとことん不運が重なるものだ。靴紐が……切れている。無理もない、学生時代から使い込んでいる運動靴なのだから。それにしても緩んでしまった靴では走るどころか歩くことすら難儀となってしまった。
 何とか補修を……そう思った矢先、額に冷たい感触がする。
 ……とうとう降ってきてしまった。自分の運のなさに悲しくなってしまう。整った眉をしかめて空を睨む。
 
* * .* * *

 仕事を終え。今日はそのまま帰りなさい、と申し渡された娘。休日こそ働いていたかったのに。アルバイトの身ゆえに我が侭も言えず。
 ……ただでさえ憂鬱なのによりにもよっての雨模様。行く当てもなく、傘をさしてフラフラと集合住宅の合間を歩く。
 フラフラしている……というのは暇をもてあましている他に、もう一つの意味を持っている。
 
 それはつい三日前の五月五日。……唯一、自分の誕生日を祝ってくれる弟の申し出を断るわけにも行かず、アーリ・サマーレインは家へと帰った。そこまでであれば十分に幸せな事象だ。
 しかし。その後に控える、もう一つの『プレゼント』が娘を苛む。『あの男』は毎年必ず、その日に戻ってくるのだ。
 十一歳を迎えたあの日。NEXT能力を持つ兄に嗜虐的に服従を誓わされたあの時以来、あたかも儀式のように五月五日の『私達』の誕生日に現れるようになった。

 ―――

 兄からのプレゼント。…十二の誕生日に放られたのは仲の良かった親友だった。正確には『親友であった物』だった。しまいにそれはあの男のNEXT能力で跡形もなく消え、警察は証拠も根拠もないと取り合ってくれなかった。
 十三の誕生日には大好きだった学校の先生。…兄の意図を知って、娘はそれからは大切な人を作ることを避けた。
 その対象がいなくなってからはあの男は家を出るようになり、たまに帰って来ては妹に対する嗜虐の暴行が度を越えて酷くなっていった。
 
 母親には相談できずにいた。父親が帰ってこない家で、一家を支えてくれる母が、アーリや弟に見せぬよう影で泣いていたのをこっそり見てしまったから。
 母が大好きだった。
 彼女はNEXT能力者で、双子の兄妹が能力者である事はもちろん知っていた。
 幼い頃、アーリの能力が無意識に発動して友達を助けたことがあった。少女はそれが嬉しくて。けれど、次に使ったその能力は……不幸をもたらした。幸い友達は軽い怪我で済んだが、母にはこれでもかというほどに厳しく叱られた。
 泣いてさえいた。そんな母親の愛情への感謝と、悲しませたくない一心で、娘はその日以来、能力は一切使わないと決めた。
 どうも生まれた頃からむずかると能力を発動させていたらしい。アカデミーに預けられたこともあったが「力の不規則性とその対称が無差別である事」までが能力と判定されてしまった。
 母親は、アーリの能力を賭けのような『諸刃の剣』であると諭した。そんな整然とした母親が誇りでもあり、理想の人だった。
 
 だから娘は余計な心配はかけまいと、母の前では何事もないように明るく振舞った。
 作り笑いと、外面で平静を装うのが当たり前になっていった。
 けれど。現実はそう上手くはいかない。さすがに体に出来たアザや血痕に言い訳するのには限界があった。とうとう母に、兄の虐待の事実が知れてしまったのである。

 そして。
 十八度目の誕生日に、『あの男』から渡されたプレゼントは、帰らぬ人となった母親だった。
 あの男を殺そうか、あるいは死のうかと思った。だけど。自分が死んだら、犯罪者になってしまったら。残された弟はどうするのかと。それだけが彼女の生きる理由となった。

 ―――

 こうして三日前。十九の誕生日。やはり『あの男』に辱めのように暴行を受けた。
 満足そうにしていた男が消えていったのを見て、どれほどあるかもわからないつかの間の解放を感じると共に悔しさと悲しさでいっぱいになって。
 痛みとだるさで重い体を引きずって雨の中を彷徨っている。

 階段を降り、公園に差し掛かった所で、ジャージ姿のうずくまった人影が目に入る。
 美しいプラチナブロンドの髪が雨にさらされている。靴紐でもほどけたのだろう。そう思って足早に横切った。
 正直人とあまり関わらないほうがいいと思っていたし、ましてやそれが男であるなら尚更。平静は装えても、苦手なものは苦手なのだ。
 ……ただいつまでたってもその人が立ち上がる気配がなくて、具合でも悪いのだろうかと心配になって思わず振り返ったのが間違いだった。
 
 どうやら靴紐が切れてしまっているらしい。それを一生懸命繋ぎ合わせようとしているのだが、不器用なのか紐の限界なのか、作業はどうにも滞っているようにしか見えない。
 しまいには、つなぎ合わせた紐を綴じようとして……さらに紐が切れてしまったものだから。
 思わず嫌だったことなど忘れてクスクスと声をあげ笑ってしまったのだ。

「あ……」
 バツが悪そうにしている彼と目が合ってしまい、アーリはビクリとした。だが、すぐに気が抜けてしまった。
 その青年が、屈託のない顔……これは苦笑というべきだろうか…を浮かべていたから。
「もう……」
 自分でも何故そうしたのかはわからない。けれど、その顔を見た瞬間に傘を差し出していた。
 青年は一度通り過ぎた女性がわざわざ引き返して傘を差し出したことに不思議そうな表情をして首をかしげたがすぐに
「ありがとう」
 と、今度は満面の笑みを浮かべて礼を言った。

 二人はひとまず公園の東屋まで移動すると、ベンチに腰掛ける。ブカブカになってすわりが悪い靴をまじまじと見つめ、アーリが口を開いた。
「ね、ちょっと靴…貸して」
 傘と自前のタオルを青年に手渡すと、靴を受け取った。雨で泥だらけになっている靴に気後れすることもなく千切れた紐を抜き取っていく。綺麗な顔立ちに見合う白く細い手が泥で汚れる様に申し訳なく思いながら、その姿から目が離せなくなる青年。
 娘は後ろ髪を結んでいるオレンジ色のリボンをほどくと、それで器用に靴を結んでいく。
「見た目は悪いけど…帰るくらいはできるでしょ?」
 唖然として、靴と、娘を交互に見つめるセバスツィアーノ。いともあっさりと事態を解決してくれたことにも、自分の所持品を見ず知らずの人間に惜しみなく提供してくれたことにも、清楚で大人しそうな娘が自分のような男にこんな事をしてくれたことも。
 あまりのことに言葉がでず、放心状態になってしまう。
 そんな青年の様子を伺ってか、娘のほうが申し訳なさそうな顔をしている。
「ごめんなさい。余計なお世話だったかしら…」
「い、いや!!余計だなんてそんな!」
 セバスツィアーノは心底女性の扱いを叔父から学んでおけばよかったと思う。助けてもらったというのに相手にこんな悲しい顔をさせるなんて。
 それよりも憂いを含んだ眼差しはこの女性の容姿を相まって…こんな状況だというのにいやに……何を考えているんだろう、僕は。
 いつもなら冷静に対処できるはずなのに、さっきの事からしてどうも調子が狂う。……それでいて。なぜか安らぎを感じてしまう。自分が、自分で居ていいような、そんな。
 青年は深呼吸をして落ち着くと、改めて言葉を吐き出す。
「今度、会社で新しい事業を任されることになってね。それで体力作りにと思ってジョギングを始めたんだけど。張り切りすぎちゃったかな」
 あはは、と青年は笑ってみせる。少なくとも、笑顔を見せたときに彼女は警戒を解いてくれた。その前に見せた表情には少しだけ、思うところがあったけれど……。

―――

 義母に「汚らわしい」と手を振り払われた。
 僕がNEXTだから。……僕が…化け物だから。

 能力を見たその時の、母の顔は今でも彼の脳裏に焼きついている。
 血の気を失い、見るに耐えないものを見るかのような、拒絶の形相。……畏れ。
 十二歳の少年には、あまりにも悲痛であろう現実。けれど彼は、養父母を責めなかった。悪いのはNEXTである自分なのだと。
 頭では理解している。しているけれど……。胸にはぽっかりと穴が開いて、いい知れない寂寥感だけがセバスツィアーノの中に広がっていた。

 その考えを改めることが出来たのは引き取ってくれた叔父、ジョヴァンニ・ファルコーネのおかげだろう。
 彼に連れて来られたシュテルンビルトで、『ヒーロー』を知った。
 人のぬくもりに触れ、また掴みかけた手を離される事が、怖くて。だからこそ自分から、そういう人に救いの手を差し伸べたい。そう思った。
 誰かを助けることで……自分が満たされたかった。だから、誰かのヒーローに…『天使』になりたかった。
 
 NEXTでも人であることが、否定されないように。
 自分の存在が、肯定されるように。
 彼はずっと、祈り続けている。
 僕に居場所を下さい……。お願いだから……。天使様……。

―――

 雨の降る公園で出会った彼女が一番はじめに浮かべた顔は、母のそれに似ていた気がして。
 けれど、この人は自分がNEXTであることも知らないし、セバスツィアーノ自身を怖れたというよりはもっと…条件反射的に。
 なんとなくそんな思いが浮かんでしまった。けれどそれを聞くのはあまりに彼女のプライバシーに踏み込むような感じがして、思考の隅へと追いやってしまった。
 ……彼女のほうから打ち明けてくれれば…。そんな思いを交錯させながら。

「ふーん、エリートさん、なのね」
 事業を任される、と聞いてそう思ったのだろう。それとも、靴紐が結べなかったことへの嫌味だろうか?
 どこか言葉に棘のあるような、そんな物言い。
「それが恥ずかしいことに、実のところ叔父のコネでね。だから頑張らないと、って思って」
「頑張るのもいいけど、雨の日に走るなんて、馬鹿にも程があるわよ」
 ……棘はあるのだが。セバスツィアーノは知っている。これは、弱みを見せまいとする人間の虚勢であると。何より、自分自身がそうであったように。
 だから、不安にさせまいと、笑顔であえておどけたように話を続ける。
「だって、天気予報では晴れだって……」
「急な雷雨やにわか雨の可能性があるって、聞かなかったの?」
 その声にハッとした。
「え……あ…君、もしかしてTVの…?」
「……まだ学生で、バイトだから少しだけだけど。私は雑用でよかったのに。…女の子のほうが視聴率取れるからって、それで…」
「そうか、でもそれでこなせちゃうなんて、才能あるんだね」
「……ただ、HERO TVで働きたかっただけよ」 
「ヒーローが好きなの?僕もね…」
 青年が口を開きかけたところで集合住宅の方からキャーという悲鳴が耳に飛び込んできた。 
 声のほうに駆けつければ、背の高いシンボルツリーの上に…降りられなくなった子猫を助けようとしたのか、少年が細い枝に子猫を抱えてぶら下がっていた。
 雨と共に風が強まって木はあおられ、軋んで今にも折れそうになっている。ベランダからそれを青い顔をして見ているのは悲鳴をあげた母親だろう。地上では数人の通行人や住人が少年を心配そうに見つめている。

 救助隊が間に合うとは正直思えない。
 アーリは悲痛な思いに苛まれる。能力を使えば、助けられるかも知れない。でも…。
 もしかしたら、助けようとしたものを止めてしまうかもしれない。木が折れてしまう事も考えられる。少年を傷つける可能性だってある。もっとひどければ、ここにいる人全てが巻き添えを食らって……。
 助かるものが助からなくなるかも知れない、そんな気持ちと。母親の言葉を思い出すとどうしても踏み切れずに…。

 その刹那。
 一際強い風が吹き抜けたかと思うと、輝く翼が―――

 彼が。靴紐に困っていたあの青年が、青白い光と、まるで天使のような翼をまとい空を舞って…少年を抱えて降りてきた。
 歓喜する少年と、呆然とする人々。…そして…… 
「うちの子に触らないで!!アンタNEXTだろう!この化け物が!どっかいって!」
 少年の母親は感謝もせずに形相を変えて子供を引き剥がすように奪っていく。
 青年は…能力を収めると、母子に一礼してその場を後にする。
「ちょ、ちょっと待ってよ…」
 アーリが、青年を引きとめようとする。
 振り向いた青年は、驚くほどに笑顔だった。笑顔で居なければいけないと思っていた。
「今、僕に関わらないほうがいい。NEXTの仲間だと思われるから。TVにでてるなら、尚更、ね?」
 まるで子供をあやすような、緊迫した空気を和らげるような、そんな笑顔を浮かべていた。
「じゃ、行くね。靴紐、ありがとう。…僕なんかのために、大切なリボン、ごめんね。タオルもちゃんと洗って返すから!」
 …けれど心は泣いていた。
 ただ、その去り際の瞳がもの悲しげで。それを見てしまった娘の胸は締め付けられんばかりに切なさを刻まれる。
 こうなる事を分かっていて尚、自分を曝け出して人を救った彼の潔さと。
 それに反するような、救いを求める瞳に……。
 そして、アーリは自責の念に駆られるのである。恩返しされるどころか。何もできない自分にやり場のない苛立ちを覚えた。
 去っていった青年に憧れの情を抱き、そして手を差し伸べられなかった事に後ろ髪を引かれる思いを残して。

* * * * *

 それから二人は会うこともなく。もう六年もの月日が流れている。
 HERO TV新シーズンのレセプション会場で、アーリ・サマーレインはジオライダーのスポンサーである某有名ビール会社のキャンペーン用ワンピースに身を包んでいた。
 体のラインを強調するような際どいその衣装で、来客にサービスをするよう申し渡されているのである。
 気乗りはしないが業務命令では仕方がない。……もっとも、気恥ずかしさとは別の意味で隠したい部分が隠れている事だけは救いなのだが…。

 酌をして回り、ひたすらに頭を下げる。
 すでに出来上がった来賓も少なからずいた。…嫌な予感はもとよりあった。
「よぉ~、姉ちゃん、酌してけや~」
 酔っ払いの男に絡まれる。ここに来ている以上、当然スポンサーやヒーロー事業の関係者だろう。無下に扱うことはできない。
 そして恐れていた事が現実となってしまう。
 男に素足を撫でられる。身の毛がよだつのを必死に押さえようとするも、なお男は迫ってくる。
「も…申し訳…ありません。…呼びだされてしまい…ましたの…で…ッ」

 兄に。『あの男』にされた事の情景が思い浮かんで…声は振るえ、顔面は蒼白となり、走り出していた。
 怖い、怖い……嫌!!
 目には涙がじんわりと浮かんで。ただ闇雲に眼前に広がる光景もわからずに、とにかくその場所から離れたかった。
 
 ―――ドン!!!

 何かにぶつかって、それが人である事にようやく気がつく。相手の顔も確かめずに。
「ご、ごめん…なさ…い」
 力なく、震える声でそれだけを発して、逃げるようにして立ち去った。

* * * * *

 ……泣いていた?
 あれは…記憶が確かならHERO TVのアナウンサーだった筈だ。オープニングセレモニーで見かけた、綺麗な女性だったように思う。コメントを考えるのに必死で、ハッキリとは覚えていない。
 上司にでも怒られたのだろうか。それともどうしても気になって、セバスツィアーノは彼女の後を追った。

 彼女は…会場のバルコニーの隅で蹲り、膝を抱えて……震えていた。
 皮肉にも、冷たい秋風が彼女を打ち付けている。
「……大丈夫?何かあったの?…風邪…ひいちゃうよ」
 怯えさせないように、出来る限り優しく声をかけたつもりだ。自分の力が必要なければ無視されるだろう。それならそれでいい。

 その声に娘はハッとした様子で…涙で濡れたその瞳で。怯えきった表情で。セバスツィアーノを見上げた。
「あ……」
 遠巻きに見ていた姿では気がつかなかった。その顔を見た瞬間に、青年の脳裏にはあの日の出来事が蘇る。
「君……靴紐の……」
「……え?」
 それを聞いて、アーリもとある日の自分の気まぐれをようやく思い出した。スーツに身を包んだ青年は見違えるほどに紳士的で、あの日のようなあどけなさが微塵も見えなかったから。
 けれど、そう思ったのはほんのわずかの間。瞬時にしてセバスツィアーノはあの日と同じような笑みを浮かべ、泣いていたことを忘れたかのようにアーリに向かって屈託なく話しかけてくる。
「良かった…もう逢えないんじゃないかと思ってずっと気になってたんだ。…まさか、あの有名なアーリ・サマーレインだとは思わなくて…気づけなくてごめん…。」
 まるで悪気が感じられない人懐っこいその言い回しに、やれやれといった様子でアーリは言ってのけた。
「……なるほど、新しい事業…ね…。じゃあ…やっぱり貴方はヒーロー…」
「えっ…?」

 つい数刻前に同僚のミランダを助けた、貴公子セラフィム・アーチャーの翼。
 あれは、あの日に見た――孤高な青年の背にあった、それと同じで。
 だから、確信はあった。それが、彼だと。

「なんか…ますますカッコ悪いな、僕。君は気づいてくれたのに」
 そう言いながらもセバスツィアーノは、事実六年もたって娘があまりに綺麗になっていたことに驚き、そしてこんな自分のことを覚えていてくれたことがたまらなく嬉しくて。
「…ホントにね。恩人を忘れるなんて、酷いんじゃない」
 その棘も相変わらずで、その人となりが変わっていないことに思わず喜んでしまった。
「忘れてないさ。ほら」
 そう言って彼がスーツの内ポケットから取り出したのはオレンジ色のリボン。
「…ちょ、ちょっと!なんでそんなもの後生大事に持ってるのよ!」
 アーリはふと、そんなやりとりと彼の笑顔で自身の震えが止まっていることに気がついた。先ほどまでの不安が嘘のように消えていたのである。
 それがわかってしまったから、自分が彼に心を許していると……自覚してしまった。
「なんでって……嬉しかったから。あんな風に見ず知らずの人に優しくしてくれる人、そうそういないよ?…ダメ…かな?」
 まるで子供のように、甘えるような視線と口ぶりで首をかしげているセバスツィアーノに、観念したようにアーリは答える。
「…馬鹿ね…。ホントに馬鹿」
「うん、自覚はある」
 馬鹿と口走ったその口調は言葉に反してどこか優しげで。青年にはそれが、今までの自分の全てを許してもらえたかのように心地よかった。
 だから、作り笑顔ではなく。満面の笑みで。
「僕、セバスツィアーノ・ファルコーネっていうんだ。セバス、でいいよ。よろしく」
 手を差し出した。
 
 ……なのに。

 アーリは手を取ることを躊躇して暗い表情でうつむいている。
 セバスツィアーノは追憶に押し潰されそうになって…必死に理性を取り戻そうと自衛の言葉を紡ぎ出す。
「ご、ごめん。迷惑、だよね。いきなり友達面されても。本当に、ごめん…ね」
 この場にいることが居たたまれなくなり、彼女に背を向けた。そして一歩を踏み出したその時。
 スーツの袖を…アーリが捕まえていた。
 その事に、当人も困惑している様子で。彼女は…今にも泣きだしそうな面持ちを浮かべ。あの日の…義母に鉄槌を下された少年と…セバスツィアーノと同じ顔をしていた。
 
 ……この人は。彼女は人の手を取れない理由がある…それだけは痛いほどに良くわかった。それは…いつか話してくれたら、とは思う。
 だから青年は名刺に…仕事用ではない個人の携帯の番号を書いて渡した。
「困ったことがあったら、いつでも電話して。いらなかったら捨ててくれていいから」
 良かった、これは受け取ってくれた。セバスツィアーノの顔に、少しばかりの安堵の色が戻った。
「ひとまず、中に戻ろう?冷えてしまうよ」

 少し落ち着いたアーリは、ごめんなさい、と小さく謝ると仕事をサボるわけにはいかないと会場へ戻っていく。
 ……また、泣く様な事がなければいいんだけど。素の天使のような彼女と、何かに捕われている彼女のギャップにどうしても引っかかってしまう。
 何も解決していない現状に、そしてこんな事があってもアーリのことばかり考えてしまう青年の胸は張り裂けそうになるのであった。

* * * * *

 そのすぐ次の日のことだった。
 すでに日は昇り、仕事に出かけようという時。セバスツィアーノの携帯に着信のメロディーが流れてきた。
 知らない番号だった。いぶかしげながらも、律儀にその電話を受ける。 

 ……無言。
 悪戯かと思い、切ろうとしたところで何かを思い出して、思い止まる。
「アーリ…さん?」
 確信はなかったが、気になってその名を呟いてみた。
 その声を聞いて。擦れた声が返ってくる。
「…………け…て」
「え?なんだい?良く聞こえないよ」

「……助け…て……お願…い…」

 それは消えそうな声であっても、確かに、僕の耳に、届いた。
「どうしたの?一体何が…」
「公園…あの日…逢った……来て、くれる…?」 
 なんとか搾り出したような、悲痛な声に。ただ事ではないと感じて。背中に嫌な汗が走った。


「アーリさん!」
 東屋のベンチにぽつんと座っていた彼女に声をかけると。
「ごめ……な…さ……わたし…、私。誰を頼っていいかわからなく…て…ッ!!!」
 昨日は手も取れなかったはずの天使が…。セバスツィアーノの懐で泣きじゃくっていた。
「…大丈夫だから。落ち着いたら、話して?」
 
 そうして、アーリの口から、兄グレイが大切な人を殺し、母を食い、そして今また弟の平穏が壊されるかも知れない状況が語られた。
 彼女が手を取らなかったのは。自分を大切に思ってくれたからだという事に気づかされるセバスツィアーノ。
 されどそれより。こうして打ち明けてくれたことが、自分を必要としてくれたことがどれだけ自分にとっての救いであったことか。
 この人を、守ろう。何があっても。掴んだ手はもう二度と離さない。
 そう思ったときにはアーリを強く抱きしめていた。
 

 兄への恐怖と、弟を救いたい一心と。
 いつのまにか頭の中にはあの美しい翼が描かれていて。アーリは天使に、救いを求めていた。
 無我夢中で彼に電話をかけていた。
 何よりもセバスツィアーノの孤独な瞳が、あの日からずっと脳裏をよぎっていて。…彼に逢いたくて仕方がなくて。
 慈愛と、罪悪感との狭間で、彼を見た瞬間にもう泣き出してしまっていた。
 大切な人を作ってしまうことが怖かった…。だけど。この人ならば。いや、ただ傍にいられれば、それだけでいい。
 そうして兄のこと、弟のことを話した。…自責の念と、兄への屈服を認めたくなくて、どうしても虐待の事実だけは言えなかったけれど。

 アーリの涙が、まるで恵みの雨のように。
 乾ききっていたセバスツィアーノの心の穴を埋めるように染み込んで行った。

* * * * *

 状況は急変して、足場のおぼつかない平穏が一気に崩れ落ちようとしている。
 それでも。
 二人は手を取り合った。
 世界を変えようと、もがき始めた彼らの瞳には強く、そして優しい光が灯っていた。
 
はじまりはいつも雨1
 
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